※この歴史編纂はLiberという国を☆、♧、〇の3人で立ち上げてからの軌跡を記したものである。詳しくはLiber用語及び中の人たちを参照。
2021年5月某日、国家戦略会議「ユグドラシル」開催。
話題が数分おきに変わる。
ビールの次は、もし、今後、電脳空間に人間を完全に移行できることになったら、ビールやアルコールなどの趣味趣向はどうなるのか?という話題になった。
♧「電脳空間に移行しても、☆はタバコ吸うのかね?そういうのって癖だと思うぜ。」
☆「癖?」
♧「現実世界と電脳空間の差って、癖でしかないと思うよ。」
☆「つまり?」
♧「肉体を手放したら、ニコチン、いらないんだし。アルコールもそうだけど。」
☆「手放すのは意識の中であって、肉体そのものはなくならないよね。」
♧「なくならないけど、肉体は、だって、置いていくものになってしまうぜ。」
☆「そうしたら、いらなくなる?」
♧「理論上はいらなくなるんだけどね、理論上は。だけど、なんとなく吸ってると、人間って趣味趣向は抜けないから。だから、吸うんじゃないかな?って。」
☆「つまり、頭の中で吸うってこと?」
♧「自分と全く同じコピーがヴァーチャルリアルの中にできても、『たばこ吸いてぇ』って言いだすと思うんだよ。人間ってそういうもんだからさ。」
☆「WOW!」
♧「不思議だよな、って思って。俺もたぶん酒飲むと思うんだよね。」
趣味趣向を脳の癖であると考えると、確かに電脳空間に自分を完全コピーしたときには、脳の癖である趣味趣向もコピーされるのか、と納得した。
しかし、電脳空間に自分をコピーすることになったとき、脳内情報のコピーだけで、記憶や人格は完全に再現できるのだろうか?という疑問も残る。
というのは、ストレスなどの記憶は筋肉に記憶されるという考え方もあるので、記憶や人格は脳内だけに留まるものなのだろうか、とも思うからだ。
いずれ科学がその辺を解明するとは思うが、実際に電脳空間に自分をコピーできるようになったら、現在の意識と何かが変わるのか、もし変わっとしたら、私はそれを知覚できるのか、そんな興味を掻き立てられた。





