※この歴史編纂はLiberという国を☆、♧、〇の3人で立ち上げてからの軌跡を記したものである。詳しくはLiber用語及び中の人たちを参照。
永遠の命を得るってことは増やすのを止めるってことだ
2021年11月某日、国家戦略会議ユグドラシル開催。
メタバースに自分の表情や行動を再現できるアバターが作れるようになったという話題から、VRの世界に人間を丸ごと移植できるのかという話へ。そして、さらに今の技術で永遠の命を得たらどうなるか、という話へ。
♧「(今の技術で人間をVRの世界に移植するとしたら、脳を解析して、そのデータをVRの世界にコピーすることで、電脳世界に自分と同じ人間を作ることが可能かもしれない)でも、脳自体を(丸ごと)解析して、プログラミングする…そこまでは、いかないか、人類は」
☆「脳をコピーするってこと?」
♧「そう。丸々ね。フルコピーってことよ。データ化するって意味で、(脳を)フルコピーできれば(脳が)作れるわけじゃん」
☆「脳を?」
♧「さすがに(脳をVRの世界に作ることは)無理なのかな?」
☆「それは、神の領域のような気がするけどね」
♧「そうなんだけど、それができないと、最終的には人間が肉体を捨ててVRの世界に行くってことはないわけでしょ?」
☆「確かに」
♧「最終的な話よ。…うーん、生物は作れないのか、やっぱり」
☆「できたものを移管することはできても、(人間を)創り出すことはできない。つまり、子供が生まれない」
♧「うん」
☆「今、存在してて、移管した人たちはずっと(VRの世界に)いられるけど、(それ以上、VRの世界で人間が)増えることはない」
♧「死ぬこともないしな」
☆「つまり、その人たちだけの世界を創るってことだな」
♧「うーん、これは、完全に永遠の命題だな」
☆「永遠の命を手に入れるってことは、そういうことだ」
♧「現実的な永遠の命ってそういうことじゃない?って俺は思うけど」
☆「(人間を)増やすのを止めるってこと」
♧「だから、自分が存在として消滅しないってことでしょ?」
☆「違うよ。永遠の命を得るってことは、子孫を増やすってことを捨てるってことだよ」
♧「現状のやり方だったらそうなるな。漫画とかのチート的な話はしてないよ。現実的に、今、永遠の命が実現しそうなところに来てるっていったら、それじゃね?って」
☆「な、そういうことだな」
なぜ生物は子を残すのか
太古の生物は無性生殖が大半であった。無性生殖とは、自分のコピーを作ることで、個体数を増やし、生命の危機を回避する方法である。 しかし、無性生殖の場合、個体数を増やすことができても、基本的にはどの個体も同じ遺伝子しか持っていない。そのため、災害や未知の病気などですべての個体が滅びる危険性が高い。
そのリスクを回避するため、生命は有性生殖という方法を作り出した。有性生殖は二つの個体の遺伝子掛け合わせることで、別の個体を作り出す。そのため、遺伝子に多様性が生まれる。 生命は遺伝子に多様性を持つことで、未知の病気などのひとつの理由によって、すべての個体が滅びるというリスクを回避してきた。
つまり、子を残すことは、生命危機の回避のための生存戦術なのである。
子を残す理由がない世界はどんな世界か
生命の危機がなくなったら、子孫を残すという本来的な意味は失われることになる。
なぜなら、生命の危機がなければ、遺伝子の多様性をこれ以上、広げる必要がないからだ。つまり、子を残す理由がない世界は☆が言うように特定の人が延々と存在し続ける、なんとも閉ざされた世界になるということだろう。
太古の昔、ただ自分の遺伝子を引き継ぐことだけで満足できた時代なら、その命の危機のない、自分が永遠と存在できる世界は楽園だろう。
しかし、思考や感情といった高度な脳機能を発達させ、人生の目的や生きる喜び、充実感といった精神活動に生存と同等の、あるいはそれ以上の価値を見出すようになった人間にとって、果たしてその閉じられた世界は楽園なのだろうか。
そんな疑問も頭をもたげてくる。この疑問については後述することとする。
生命の危機がない世界はどんな世界か
生命の危機がないということは、今、生きている人間も成長・変化する必要がないということだ。
多くの人が、新しい体験したり、知識を得たりして、自らの能力や経験を広げていこうとするのは、どこかに自分が死ぬという恐怖があるからである。
例えば、今、会社員として働いてても「このご時世、いつ、会社が傾いてもおかしくはない。その時に、クビを切られない保証はない」という不安や「老後の生活資金があるだろうか」という心配が、新しい経験や技術を獲得する成長へと向かわせる。
しかし、何もしなくても自分の生命が保証されるとしたら、人は成長や変化を求めるだろうか。恐らく答えは否だろう。
なぜなら、人は元来、怠け者に出来ているからである。正確に言えば、人を司る脳であるが。脳はエネルギー消費の大きな器官であるので、なるべく省エネで活動するように設計されている。無駄を省くために、使わない神経細胞を秒ごとに消滅させていったりすることなどは、その良い例だろう。だから、生命の危機が無くなれば、当然にエネルギーを必要とする変化や進化もしなくなるだろう。
変化しない世界に生きる意味はあるのか
もし、まったく変化のない世界に永遠に存在するとしたら、そこに意味はあるのだろうか。
恐らくそんな世界では、人は生きる意味を見いだせないだろう。
なぜなら、人が自らの存在する意味を求めるのは、限られた自分の命を無駄にしたくない、という切なる希求の現れだからだ。その切なる希求がなくなったとき、人は自らの存在する意味を見失うことになるだろう。
「死すべき定めの中でこそ、生きる意味を見つけられる」というのはミンウの言葉であるが、死という執着地と強烈なるインパクトがあってこそ、人は人して生きられる。
だから、現代の技術で到達しうる永遠の命は、死という恐怖が退屈という苦痛に置き換わる牢獄なのだろうと思う。



