クローンとして生まれたら【DAY111】

※この歴史編纂はLiberという国を☆、♧、〇の3人で立ち上げてからの軌跡を記したものである。詳しくはLiber用語及び中の人たちを参照。

お前、クローンどうする?

 2021年11月某日、国家戦略会議ユグドラシル開催。

 話題はクローンが作れるようになったらクローンを作るか?という話へ。

☆「お前、クローンどうする?」

♧「クローンどうするってどういうことよ?」

☆「自分のクローン(が作れるようになったら)どうする?」

♧「俺は、自分のクローンはいらないな」

☆「逆だな。誰かのクローンが欲しくなる」

♧「誰かのクローンが欲しくなる?」

☆「今じゃない。それを認めるか認めないかって話」

♧「おれは別にクローン技術を否定しないな」

☆「クローンでも良いから予備がって欲しいって」

♧「ああ、人とかな。おれ、それ、良くないな」

☆「じゃあ、反対だな」

♧「そういう使い方になるんなら」

☆「な」

♧「技術として、知識としてって意味では、非常に興味はあるけど」

☆「ダメだ」

♧「ダメだっていうか、他人に『お前、それ、ダメだよ』とは言わないけど、俺は使わない。他の人がやってる分には良いけど」

☆「好きにしろよ、だよな」

♧「ああ。俺は、やらないし、必要じゃないな」

☆「なるほど、そこまでして死を否定したくない?」

♧「俺はもともと長生きとかも好きじゃないし、なくならないものの好きじゃないし」

☆「そっか」

♧「ベタだけど、桜は散るから美しいみたないやつよ」

クローンとして生まれたとき、人はどう生きるのか?

 クローンというと、思い出すのは、中学校の理科の蛙の解剖実験だ。
 その時に担当の理科の教師は次のように言った。

「解剖される蛙は君たちの勉強のために作られたんだ。だから、かわいそうとか思わずに、彼らに感謝して、ちゃんとに勉強するように」

 中学生ながらに違和感を感じたことを、今でも覚えている。

 クローン技術が発達して、自分のクローンを臓器のスペアの保管庫として作れるようになったとき、同じような理論、つまり「彼ら(クローン)は、あなたの臓器の保管庫として生まれたのだから、彼らが臓器を提供して死ぬことを気にするな」という理論を人は使うのだろうか?

 それはそれで、人間らしいといえば人間らしいのだが、もし、自分が臓器の保管庫の側として生まれたとき、自分はその人生をどう生きるのだろうか。

 すべての人間は自分の死が、いつ、どのような形で訪れるかを知らない。だからこそ、死を恐れる。しかし、死期が確定していないからこそ、生への希望が生まれ、その希望が人を生かすという面もある。

 もし、自分の人生の行き先が、そう遠くない未来に臓器を提供して死ぬことだとわかっていたら、さて人生に希望は生まれるのだろうか。

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