※この歴史編纂はLiberという国を☆、♧、〇の3人で立ち上げてからの軌跡を記したものである。詳しくはLiber用語及び中の人たちを参照。
図書館じゃものたりない
2021年11月某日、国家戦略会議ユグドラシル開催。
♧が中毒の本をきっかけに読書熱が再燃したという話へ。
♧「あとね、関係あるのかな?だいぶ他人に興味を持つことが増えてきた」
☆「え、だってさ、昔からさ、駅の改札でさ、人を眺めてたの、お前(♧)じゃなかったっけ?」
♧「え?それ、おれか?いや、人間観察は好きだけど、それ、おれじゃないな(笑)」
☆「すいません(笑)」
♧「(笑)単純に他の人が何しているのかな?っていうのじゃなくて、もっと深いというか。基本、人に対して興味を持ってるけど、持ってないに等しい…結局、どうでもいいレベルの興味しかないわけ、最終的にはね」
☆「確かに(笑)」
♧「そう、だからね、それより、もっと深いというか、なんていうかな?うーん…、漠然と、所詮、他人だからなっていう思いが根底にあって、なんていうかな?ドライっていうか、どうでも良いっていうスタンスだったのが、どうでもよくならなくなったというか…」
☆「ふーん」
♧「ちゃんと向き合わなくちゃってのが増えた」
☆「へー」
♧「増えたっていうか、そういう風になったね、なんでかわからんけど」
☆「知りたいの?」
♧「知識欲はめっちゃ増えたよ。本を読む周期がまた来ちゃったもんね」
☆「昔から読んでたじゃん」
♧「ここ近年は、まったく読んでなかったよ」
☆「そうなの?」
♧「最近、図書館に行くのが、好きになってきちゃったもんね」
☆「図書館の興味ありそうなやつは基本、読み切ったよ」
♧「読み切っちゃった?素晴らしいね」
☆「図書館じゃ物足りない」
♧「図書館で読み足りないならどうする?」
☆「どうしよ?」
♧「本の残念なところはさ、最新じゃないんだよね、情報がさ」
☆「はは(笑)それは、課題だ(笑)」
♧「その人(著者)が執筆しているときが、(情報の)最新でさ」
☆「もっと思うのが、同じことを書いているのが多すぎる」
♧「ああ、(それぞれの著者が)似たり寄ったりを、横で読んでるからだろうね、お互いに」
☆「だから、(新しい本を読んでも)前、読んだのと同じじゃんって(思うことが多い)」
♧「唯一無二の、その本に書いてい有ることすべてを真に受けて、それが自分の意見のようになっちゃいけないと思うけどさ」
☆「え?」
♧「だから、一度、読んだものをかみ砕いて、自分の意見を探さなきゃいけないじゃん、本来はさ」
☆「うん。そうなってないの?」
♧「いや、だから、そうならなきゃダメよって言ってんの」
☆「僕?」
♧「いや、あなたじゃなくてね」
☆「ああ、一般的なことね」
♧「そうそう」
☆「そもそも、(本の内容が)正しいとは限らない」
♧「そうね」
☆「その人(著者)がそう考えただけ(だったり)」
♧「もちろんね、書いている人は、それが正しいと思って書いてるわけだからさ、一生懸命『これが正しいんだよ』ってことを主張してくるけどさ」
☆「それは、あくまで、『その人が』」
♧「うん」
☆「だよな」
読書をすると、頭が悪いくなる?
本をたくさん読む人というと、どんな印象があるだろうか?
知識がたくさんあって、理解力があって、想像力がある、端的に言えば「頭が良い」そんな感じだろうか?
でも、何冊も本を読んでも、実は頭が良くならない人もいる。
「頭が良くならない」というと、漠然としているので、ここでは「現実に対する新しい理解や知恵が得られず、自分が広がっていかない」としよう。
その理由は、自分の意見の正当化するために、読書をしているからだ。
自分と同じ意見の本ばかりを読み、作者と意見が同じであることに安心する。稀に自分と違う意見の本と出合ったときには、「この本は自分には合わない」といって、読むことを放棄する。
そんな本の読み方をしているのだ、本を読んでも頭が良くならない人というのは。
これでは読書をしているのではなく、自分の意見を他者の言葉で、なぞっているのと同じだ。自分の意見を、何回、なぞってみても、新しい見解は得られない。新しい見解が得られなければ、自分の世界だって広がらない。
むしろ、同じ意見を何度もなぞるうちに、その意見が正しいという確信が深くなる。だから、読書を繰り返すことで、自分の現実への理解が広がるどころか、自分の意見に固執し、新しいものを受けれいにくくなる。新しいものを受け入れることができなくなると、自分の世界はどんどん狭くなり、現実への柔軟性を失っていく。
そう「現実に対する新しい理解や知恵が得られず、自分が広がっていかない」と逆のことが起こる、つまり、頭が悪いくなるのだ。
文字を最初に開発したのは紀元前3,200年前のシュメール人と言われている。人類の誕生は約500万年前。人類の歴史から見れば、文字を使い始めたのは、ごく最近のことだ。
だから、本来、人間は文字を読むことには、慣れていない。当然、文字を読むことは、負荷がかかって、面倒くさい。
その慣れていない作業を大量に繰り返すのが、読書という行為だ。
そう考えると、わざわざ、自分の世界を狭くするために読書をするのは、もったいなくないだろうか?
もし良ければ、読書をする意識を少し変えてみると言い。「自分の人生にとって新しいプラスを得るために行う」と。
きっと、今までより、読書から得られるものが、格段に増えるはずだ。





