好き嫌いというが、その好き嫌いは、本当に君の本心からの好き嫌いか?【DAY19】

※この歴史編纂はLiberという国を☆、♧、〇の3人で立ち上げてからの軌跡を記したものである。詳しくはLiber用語及び中の人たちを参照。

2021年5月某日、国家戦略会議「ユグドラシル」開催。

話題は、本当に自分の好きなことをしている人はいるのか?多くの人は、自分のやりたいことではなく、他人から求められることばかりしていないだろうか?に移り変わった。

☆「俺はさ、現実はさ、自分の着たいものを着たり、作りたいものを作ってるというより、他人が求めてるものをやっているようにしか見えない。」

♧「自分がってこと?他人がってこと?」

☆「他人がやってんのを見てて。」

♧「ああ、そういうことね。あくまで、需要と供給のバランスをとるためだけにしか、行動してないように見えるってことね。」

☆「そうそうそう。」

♧「…、日本だけかもよ?」

☆「そう…か?」

♧「わからないけど、日本はそういう傾向が強いと思うよ。」

☆「自分が(この服を)着たいから着てるんだって言いつつ、流行ってたりするものを着てるじゃん。それは、他人が求めてるものでしょ?」

♧「なんだろうね。うーん、でも、結局、エゴをむき出しにして生きることは、生きづらくなる一方だからね。」

☆「なるほど。」

♧「ここ何十年もそうだと思うけど、『自分はこれがしたいです』『俺が、俺が、俺が』『私が、私が、私が』っていうのってさ、すごく社会環境に馴染まないじゃん?今。それって、もう戦後の日本から決まってきてるんだけど、思想の統一化だよね。小学校・中学校の義務教育がそうしてるんだよね。」

☆「なるほど。」

♧「いや、わからないよ、ただ、小さいころから、他人と同じ、集団の和を乱さない、それをすごく刷り込まれてるじゃん、日本って。」

☆「うん。」

♧「そのくせ、偉そうに個性とかいうヤツ、いるじゃん。ないんだよ、個性なんて。(みんなと同じを)刷り込まれて生きてきちゃってるから、(みんなと同じが)当たり前になっちゃってるんだろうね。」

☆「自分で選ぶ、他人と違っても…」

♧「そう、しかもね、(本人たちは)自分で選んでるつもりになってて、本当に『自分で選ぶ』ってことが、わかってないんだろうと思うよ。」

☆「なんてこった。」

♧「『今、俺、これ、したい。』『今、俺、あれ、したい。』っていうのも、本当に自分がそう思って、そう言っているのか、誰かから教えられて、そう言っているのか、わからなくなってるヤツもいっぱいいると思う。」

☆「な?」

♧「うん。まぁ、そういう教育をぶっ壊すって言って奮闘してたヤツらもいたけど、今はもういないしな。…うん、どうだろうね。…あとは、…何をするにも、自分の中に一定の芯があれば大丈夫なんだけどね。」

☆「(一定の芯)というものは、みんな、要らないの?」

♧「うん?」

☆「ちゃんと自分で選びたいと思わないの?」

♧「うん、だから、(そういう人たちは)選んでるつもりなんだよ。判断基準というか…他人がいないと(自分では)判断できないんだよ。」

☆「WOW…」

♧「そういう風に生かされてきた人はいっぱいいるから。一番、典型的なのは、親が強い家庭だよね。」

☆「WOW…」

♧「親が強い家庭は、親が望むことを、なんとなく子供自身が自分が望んでいるように思い込んで、思い込んで生きていくじゃない?
…普通に生きてきて、自分で何かを判断する明確な基準を持っているっていうのは、結構、大変なことだと思うよ。」

☆「なるほど。」

♧「まぁ、俺は持ってるけど。」

☆「やっぱり僕は原始時代が良いな。」

なぜ、原始時代?と思った人も多いだろう。

私も思った。

その辺はDAY20 にて。

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