※この歴史編纂はLiberという国を☆、♧、〇の3人で立ち上げてからの軌跡を記したものである。詳しくはLiber用語及び中の人たちを参照。
2021年5月某日、国家戦略会議「ユグドラシル」開催。
話題は生存本能の話から、思考の話へ。人は思考を持ったことで、本能を抑圧できるようになった。しかし、その対価として得たものは…。
☆「だから、知恵を持ってしまったからだよ。」
♧「ああ、そういうこと。アダムとイブの知恵の実の話になるな。知恵を持ったことによって、種としては繫栄したことになるな。」
☆「うん。」
♧「なぜ、知恵を持ったのが人間なのかな?知恵を持ったから人間なのかもしれないけど。」
☆「その代わりに苦しみを頂いた、と。」
♧「うん、まぁ、な。…苦しまない人間もいるんだけどな。」
☆「苦しんでいることを実感していないってのが正しいところ。」
♧「うん。」
☆「だから、僕は、人間のいない世界が良い。」
♧「ん~、お前の言う人間って、そういう人間か。」
☆「そしたら僕も考えなくていいんでしょ?」
♧「うん、お前、それは、人間を辞めるってことだろ。」
☆「うん。」
♧「でも、(人間を辞めることと)思考の放棄とは別だと思うぞ。」
☆「だからさ、動物が(人間と)同じだったら動物は嫌だ。」
♧「…ああ、なるほど。動物も日々考えて苦しんでるんだったらってことね。」
☆「うん。そしたら、虫が良い。」
♧「いやいや、虫も考えてるわ。」
☆「…じゃあ、ミジンコにする?」
♧「いやいやいや、単細胞生物まで落とすな。」
☆「(笑)」
♧「自分が生きていることすら実感してないよ。…、ああ、ミジンコは単細胞じゃないか。」
☆「ミジンコじゃなかったっけ?単細胞?」
♧「ミジンコは単細胞じゃない。ミドリムシとかだったら単細胞だけど。」
☆「ああ、ミドリムシね?じゃあ、ミドリムシにしよっか?」
☆の世界観は厭世的というか悲観的な要素が多分に含まれていると、なんとなく思っていた。
その感覚が、彼にとって、意識的に快であるのか不快であるのかはわからないが、彼の途方もないロマンティストな一面や思慮深さを支えているのかもしれないと思う。
以前、「その世界観を先に進めたらどうか?」と☆に話をしたことがあるが、その時は「この世界観が好きだから嫌だ」と言っていた。
人間というのは、快であっても、不快であっても、自分が求めるものを選んで生きているんだと、つくづく思う。





