”愛”ってなんだろう?
と尋ねられたら、あなたはどう答えますか?
恐らくはっきりと答えられる人は珍しいかもしれません。
なぜなら、日本人は”愛”という言葉を日常的に使いません。そのため”愛”について考える機会が少なくなってしまうからです。
日本人が”愛”という言葉を日常的に使わない理由は、日本で”愛”と表現すると、恋愛や性愛というイメージに繋がってしまうことが考えられます。日本には色恋ごとは他人にオープンにしないという雰囲気があるため、恋愛や性愛のイメージがある”愛”について、誰かと話したり考えたりすることに、どことなく遠慮がちになります。その結果”愛”という言葉を使うことが少なくなるし、”愛”について考えることも少なくなるのです。
しかし、本来、”愛”という概念は、博愛や親愛、友愛、仁愛、慈愛などの多くの言葉が示すように、「恋愛」よりもっと大きな概念です。
それを端的に表現すれば、無条件で対象が存在することを「そうなんだな」と認めることです。対象は自分自身や他人、事物、事象などあらゆるものを含みます。
例えば、友達と昼食に出かけたとき、友達が「ラーメンが食べたい」と言ったとしましょう。あなたは胃の調子が悪くラーメンを食べたい気分ではなかったとしても、「君はラーメンが食べたいんだね」と、友達が「ラーメンと食べたいと思っている」事実について肯定することを「無条件で存在を認める」と言います。
自分がどう思っているかは横に置いて、No judgeで存在を承認することを”愛”というのです。
だから、自分が相手と違う意見を持っていても相手を”愛”することはできるし、自分と相手に共通点がなかったとしても”愛”することはできるのです。
この”愛”という概念は最初は理解することが難しいかもしれません。けれども、人間が成長したり、他者との信頼関係を築いたりするためには、最も基本となる概念です。
もし、今まで”愛”について考えたことがないのなら、一度、考えてみると良いでしょう。
それは「”愛”とは何か」を理解し、自分の感覚として納得できると、必ず他者との関係性が良くなるからです。なぜなら、本当の意味で自らを”愛”してくれる存在は、誰にとってもかけがえのないものだからです。



