※この歴史編纂はLiberという国を☆、♧、〇の3人で立ち上げてからの軌跡を記したものである。詳しくはLiber用語及び中の人たちを参照。
欲求ってコントロールできる?
2021年11月某日、国家戦略会議ユグドラシル開催。
話題は欲求のコントロールは可能か?という話へ。
☆「欲求ってコントロールできる?」
♧「欲求なんていくらでもなくせるし、いくらでも作れるわ」
☆「違う。コントロール、できるの?」
♧「なくなるから」
☆「いや、自然的じゃなくて、支配。支配はできるの?」
♧「できるでしょ」
☆「支配ってことだよ?」
♧「うん」
☆「どうやってやるの?」
♧「どうやってやるって、どういうこと?…え、欲求をコントロールできないってこと?」
☆「うん」
♧「いや、え?そんなことはないだろ」
☆「なんで?欲しいものは欲しいじゃん」
♧「それはそうだろ」
☆「我慢はコントロールじゃないよ?」
♧「うん。…?欲しいものは欲しい…欲しいものは欲しいけど…」
☆「うん。我慢は違うよ。コントロールとは言わない」
♧「別に我慢はしてないけどね」
☆「欲しい自分を受け入れているだけで、欲しいは変わらないでしょ?」
♧「…どうなのかな?それ。…ずーっと欲しいものとかってないもんな」
☆「それは勝手に消えていくんであって、コントロールしていない」
♧「え、だって…」
☆「それは変化でしょ」
♧「コントロールしているから消えていくんでしょ」
☆「いやいや、支配してない。欲しいときに欲しくないようには感じられないでしょ」
♧「うん?それって、欲しいと思ったものを、欲しいと思わなくするってことは、支配じゃないの?」
☆「それは可能なの?」
♧「え?可能じゃない?」
☆「いや、わかんない」
♧「わかないか。可能な気がするけど」
☆「勝手に変化しただけ」
♧「変化させることも支配でしょ?」
☆「(勝手に変化して消えることは)自分が支配したのかな?って」
♧「自分が(なくなるように)コントロールしたんだろう。判断は全部、自分だろ?」
☆「手に入れるか、手に入れないかって話じゃなくて、欲しいって気持ちを変えられるか、変えられないかって話」
♧「常に支配してない?自分のこと」
☆「俺はしてない」
♧「あ、そっか」
☆「勝手に変わっていく」
♧「勝手に変わっていく、ああ、その言い方をすると支配はしてないな」
☆「だから、支配はできるものなのかなって」
♧「支配してる人、いっぱいいそうな気がするけどな」
☆「そうかな?(俺は)自分が一番、支配できないわ(笑)」
♧「それ、難しい言い方やな(笑)」
☆「他人の方がコントロールしやすくね?(笑)」
♧「あ、そっか。あれよ、自分に嘘はつけないって奴でしょ」
☆「そう。でも、他人はそこまで支配したいとは僕は思わないから」
♧「うん」
☆「だから、コントロールできる範囲で支配する。だから、他人の方が支配しやすいなって」
♧「自分を自分の思う通りに動かせるかってことでしょ?まぁ、そりゃ、他人の方が支配しやすいだろうな」
☆「だろ?自分が一番、難しいわって 思う」
♧「それって何ていう感覚なんだろう?世に言う客観的というのとは違うのかな?」
☆「いや、(客観的に)見るのは見れるよ」
♧「うん。だから、見て、その通りに動かせば良いじゃん。他人だと思って」
☆「それが難しい。コントロールがきかない。そういう方が良いんだろうなとは思うけど、そういう風には(自分を)動かせない」
♧「あ、動かせないのね(笑)」
☆「だから、中毒が起きるんだよ。よくないな、と思いながらやるんだよ」
♧「よくないなと思いながらやる、ああ」
☆「だから、中毒になるんでしょ」
♧「中毒の仕組みについては、最近、めっちゃ勉強したから、わかるけど。ああ、まぁな、中毒は脳の話だけどな。ええ、そうかな?」
☆「(笑)」
♧「俺、自分で自分を支配してるかっていったら、すげぇ(支配)してる方だと思うけどな」
☆「(支配)してるんだ?へぇ」
♧「自分をどれだけコントロールしてるかって言ったら、相当していると思うけど」
☆「へぇ」
♧「普通、ある程度、コントロールしてない?」
☆「わかんない。俺、自然でいたいもん」
♧「自然でいたい…自然のつもりだけどね(笑)」
☆「あ!結構、みんなしているよね。だから、例えば…みんな、朝飯を食う、昼飯を食う、夜飯を食うって決めてるけど、俺、腹減ったら食うもん」
♧「ああ、なるほどね。そういう感覚で生きてるってことね」
☆「うん。だから、みんな、結構、支配しているよね」
♧「支配っていうか、それに関しては。『後々(のことを考えると)こうしておいた方がいいよな』っていう要らない考え方がいっぱい出てきて、それに従っているだけだよ」
☆「それをコントロールって言ってるんでしょ。やっぱり、俺は俺をコントロールできないわ」
♧「(コントロール)できないって言うか、しようと思ってないだけでしょ(笑)」
☆「(コントロール)しようと思わないからできない」
♧「だから、そういうこと(笑)しようと思ってないからだよ」
☆「しようと思えないからな(笑)」
♧「それが良いことか悪いことかは知らないけど、困ってないなら良いじゃん、別に」
☆「だから、俺は難しいって思っちゃう(笑)多くの人は結構、(欲求を)コントロールしているな」
♧「常に自分と自分以外の人のバランスを取ろうとしているね」
☆「確かに(笑)」
♧「何かと思ったわ(笑)そういう話か(笑)」
☆「うん」
♧「俺、自分の中で絶対に支配できないことってあるかな?」
☆「ラーメン屋に並ぶこと」
♧「それは、支配できるから、全然大丈夫だよ。うん」
☆「できるんだ(笑)」
♧「俺もこれ食べたいとか、ここ行きたいとかになったら、すぐにやらないと気が済まにタイプだけど、でも、それでも支配はできるわ」
☆「仕事だから行かないと、とか?」
♧「うん」
☆「そりゃ、優先度を判断できれば、支配してることになるよ」
♧「優先度っていうんじゃなくて、うーんと、自分が下した判断に沿って、自分を動かせるかってことでしょ?」
☆「意思を持って?」
♧「結局、その意思っていうのが、☆は『自分が思い立ったことを、その通りにやる』ってことで自分を支配してるんだと思うよ」
☆「そうなんだ」
♧「だから、そこは☆の優先順位で、(自分が思い立ったことをその通りにやるという)欲求が上なんだよ」
☆「ということはだよ、選ばずにいられないわけ?」
♧「何かを常に?選ぶ必要はないじゃん、☆みたいにしてたら」
☆「そんなことはない。僕は常に選択をしているよ、それ(自分が思い立ったことをその通りにやること)で良いって」
♧「判断や選択はしているよね、常にね」
☆「そう。だから、選択をしないではいられないの?人は」
♧「それはそうだろうね。さすがに今から息をしようかなとか、そんな選択はしていないと思うけど」
☆「それは、でも、意思が働いているよね」
♧「え?」
☆「(息なら)止める選択がある」
♧「まぁ、あるな」
☆「それを選択してないってことは」
♧「意識してないところで選択してるってことだよ」
☆「意識しない中で選択しているの?」
♧「うん」
☆「不思議な生き物だな」
欲求のコントロールは可能
欲求のコントロールに当たるかはわからないが、欲望から離れることは可能である。
その方法は欲求と自分自身を切り離すこと。
そのために最も昔から使われる方法に瞑想がある。
瞑想では自己の観察ということを延々と行う。この自己観察を行っていくと、欲求を感じる自分と、欲求を感じる自分を観察する自分の間に、徐々に距離ができるようになる。
人が欲求に振り回されるのは、その欲求を自分事だと感じるからである。
けれども、欲求と自分自身の間に距離ができ、その欲求が自分事で無くなれば、自ずと欲求の影響からは解放される。
これは人間の最も根源的で強力な欲求である生存欲求に対しても同様である。瞑想に慣れてくると、小さな欲求なら時間をかけずに解放することもできるようになる。
もちろん、そこまで自分を客観的に見ていくためには、相当の時間と労力が必要であるけれども。
だから、相当に欲求のコントロールの必要性を感じない限りは、そもそも欲求をコントロールする術は身に付けられないという前提にはなるが、「欲求をコントロールできるのか?」という問いに答えるとするなら、「可能である」という答えになるだろう。




