※この歴史編纂はLiberという国を☆、♧、〇の3人で立ち上げてからの軌跡を記したものである。詳しくはLiber用語及び中の人たちを参照。
わかることをするのは作業
2021年11月某日、国家戦略会議ユグドラシル開催。
「興味」を持つから知りたくなるという話から、「わからない」ことが楽しいという話へ。
♧「そうなると、もう、答えのないものしか出てこなくなりそうで、イヤだわ」
☆「わかる~」
♧「うつ病になりそうだわ(笑)」
☆「っていうか、そんなの、当たり前じゃん。答えのあるものを知りたいとは思わないでしょ?」
♧「まぁね」
☆「それが普通だよ」
♧「だけど、もう、絶対にわからないことばっかが、多すぎるんだもんね」
☆「だから、わくわくするんじゃん」
♧「そうだな。でも、探求しようがないけど」
☆「いや、違う、分かるものをやるのは、ただの作業だよ」
♧「ああ、まぁ、そうだな」
☆「何もおもしろくない」
♧「どこまでやれば良いんだろ?」
☆「すっきりするまで」
♧「すっきりしないだろ、これ」
☆「つまり、永遠にやれってこと」
♧「まぁ、永遠に尽きない興味があるってのは、良いことかもしれないけどね」
☆「もちろん。退屈しないじゃん」
♧「そうだな、退屈はしないな」
☆「わかることばっかりだったら、退屈だよ」
♧「知らないから、面白いのかもね」
☆「その行きつく先はどこかわかる?」
♧「行きつく先?」
☆「哲学」
♧「ああ、哲学ね」
☆「結局、そこに帰結する」
♧「哲学…、まぁ、哲学的なことも好きだけど、それだけじゃないもな…哲学とか専攻した方が良かったのかな?」
☆「お前は向いてんじゃない?」
時代劇を見る理由
水戸黄門とか、暴れん坊将軍とか、遠山の金さんとか、有名な時代劇がある。
私は小さい頃から、時代劇をよく見ていた。でも、中学校くらいになって、気がついた。
話の内容、ほとんど同じじゃない? と。
時代劇は「日常の一場面 → 悪役に弱者が苦しめられる → 主人公による成敗 → ハッピーエンド」というストーリー展開が多い。
もちろん、例外はあるが、上記のような、勧善懲悪のストーリーの作品をよく見かけるだろう。
でも、なぜ、そのような話の展開が読める作品を、人は見るのだろうか?
それは、不快になるリスクがないからだ。
パターンが分かっていれば、ハラハラすることも少ないし、勧善懲悪ならバッドエンドで、後味の悪い思いをすることもない。それに加えて、必ず正義が勝つなら、悪者が退治された場面を見ることで、スッキリすることもできる。
つまり、ワンパターンな時代劇は安心なのだ。
人には、もともと、好奇心がある。だから、誰にでも、新しいものを見たり、聞いたり、体験したりしたいという欲求はある。
でも、その好奇心を発揮するためには、まずは安心が必要だ。自分は大丈夫だと安心するから、危険があるかもしれない未知へも挑戦できるのだ。
これを心理学用語でセキュアベースという。
ワンパターンの時代劇ばかり見て満足する人は、もしかしたら、このセキュアベースが足りないのかもしれない。だから、作り物の作品にさえも、安心感を求めるのではないだろうか。
実際、私はセキュアベースがなかった10代の頃は時代劇をよく見ていたが、30代になり自分の中に安心感が育ってきてからは、時代劇をほとんど見なくなった。
もし、あなたが話の展開が読める小説や漫画を好む傾向があるなら
「どこか自分に不安を感じているのだろうか?」
そんな問いを自分にしてみてもおもしろいだろう。もしかしたら、新しい自分が見つかるかもしれないから。





