あなたのままで価値がある
存在するだけで価値がある
ありのままで価値がある
そう言われと、誰でも嬉しいだろう。
自分はここにいて良いんだ、と安心できるから。
でも、「ありのままで価値がある」もっと簡単な言葉で言えば「ありのままで良い」ことと「ワガママ」は何が違うのだろうか?
そんな疑問をずっとわたしは持っていた。
世の中を見渡してみれば、「ありのまま」「自分らしく」それを盾に傍若無人に振る舞う人もいる。
例えば、会社で雇われているのに自分の好き嫌いで仕事を選んだり、気が乗らないという理由で約束をキャンセルしてみたり。
しかし、そうかと思えば、「自分は自分のやりたいことをやっているだけだ」と言いながら、周りから感謝され、愛される人もいる。
例えば、会社で部下の話に仕事が終わってから何時間も付き合ってくれたり、お客さんが「そんなことまでしてくれるの?」とびっくりするような気の回し方をしたり。
この違いはどこから出てくるのだろう?
それには次のふたつのが関係している。
① 価値には客体が必要なこと
② 人には成長の段階があること
価値には客体が必要
価値には「誰にとって」が必要
「価値」とは、ごくごく簡単に言ってしまえば、役に立つとか大事だと思うことを言う。
そこから何が言えるかというと、価値には必ず「誰にとって」という対象者が必要になるということだ。
「誰にとって」役に立つのか
「誰にとって」大切なのか
この「誰にとって」が変われば、価値の有無も変化する。
例えば、わたしという存在は、わたしの血縁や親しい友人にとっては、「大切」=「価値がある」だろう。
しかし、国籍も性別も何もかも違って、会ったことすらない人にとって、わたしという存在は、「大切ではない」=「価値がない」だろう。
もちろん、「命は大切」という道徳的規範を元に大切だと答える人はいる。
けれども、存在すら知らない赤の他人を、自分の身内のように「大切だ」と本心から思える人は、なかなか珍しい。
「ありのままで価値がある」ことの意味
「ありのままで価値がある」というとき、多くの人は何も出来なくても、迷惑をかけても、面倒くさい性格でも、それでも「価値がある」=「大切」だと思ってもらえることをイメージする。
例えるなら、生まれたての赤ちゃんが大切にされるようにだ。
確かにそういう風に自分に価値を見てくれる人はいる。
例えば、血縁や親しい友人などだ。
そういう親密な関係にある場合、相手が存在してくれていること自体が「歓び」となる。
その「歓び」が価値となる。だから、何もできなくても大切にされるのだ。
しかし、一人の人間を取り巻く人間関係は、そういう親密な人だけで成り立っているわけではない。
仕事上の繋がりの人や同じ地域の人など、さまざまな親密度の人たちがいる。
そういう人たちにとったら、赤ちゃんのようになにもできない赤の他人の価値は、やっぱり低くならざるをえないのだ。
では、「ありのままで価値がある」は嘘なのだろうか?
いや、「ありのままで価値がある」は嘘ではない。
肉親など親密度の高い人だけではなく、赤の他人からも「ありのままであなたは価値がある」と言われる人はいる。
それを理解するためには、人間の成長過程を考える必要がある。
人の成長段階
依存、自立、共生
人間は誰でも生まれたときは依存状態にある。周りの人の手助けがなければ、ご飯を食べることも、猛獣から身を守ることもできない。
けれども、やがて自分でできることが増え、自分が支援される側から、支援する側になるときがくる。これを自立という。
そして、自立がさらに成熟すると「周りの人がいるから、自分が生きられる」ということが、実感としてわかるようになる。そうなると、自分の存在を支えてくれている周りの人に対して、感謝の現れとして、自然に援助するようになる。これを共生という。
共生まで自立が進んだ人は、息をするよう他者貢献を行うようになる。でも、本人は他者に貢献することが当たり前だから「やりたいことをやっているだけ」なんて言う。
つまり、「ありのまま」=「他者貢献」というレベルまで自立が進んだ人は「ありのまま」でも自然に周りに価値を提供するようになるのだ。
わがままとありのままの違い
「わがまま」と「ありのまま」との違いは、ありのままのレベルの問題なのだ。
自分が他者から援助を受ける状態で、「ありのまま」という行動をとると、「ありのまま」=「援助を受ける」ことになる。そうすると、周りの人は何かをやってあげるばかりになる。
当然、疲れるし、おもしろくない。だから、依存状態の人が「ありのまま」の行動をとると、わがままと言われる。昨今の流行の言葉で言えば、エナジーバンパイアだ。
けれども、自分が自然に他者に貢献する共生の状態で「ありのまま」という行動をとると、「ありのまま」=「援助する」ことになる。そうすると、周りにいる人は、共生状態の人から、たくさんの支援を受けることになる。
当然、受け取るものが多いわけだから、周りの人は共生状態の人に感謝するわけだ。
ただ、ひとつ誤解してはいけないのは、貢献するというのは、何も特別なスキルがあるとか、素晴らしい知識があるとか、そういうことだけではない。
一緒にいて心を和ませてくれるとか、話を聞いてくれる、笑顔を向けてくれる、そんなことだって立派な貢献なのだ。
おわりに
存在するだけで、生きているだけで、価値がある。それは、本当だ。
けれども、あなたの価値はそれだけではない。誰かに貢献するという形で、価値を提供することもできる。
もし、あなたが「他者貢献」=「ありのまま」のステージまで進むのなら、肉親や近しい人だけではなく、多くの人を幸せにすることができる。
さて、あなたは、どのステージを選択するのだろか?





