※この歴史編纂はLiberという国を☆、♧、〇の3人で立ち上げてからの軌跡を記したものである。詳しくはLiber用語及び中の人たちを参照
大切にしていた人や大事にしていた物、可愛がっていた動物、自分が愛情を注いだものを無くすことは悲しい。
そんな時は泣いたらいい。
人前で泣くべきではないとか、こんなことくらいで泣くなんて恥ずかしいとか、そんな風に思う必要はない。
なぜなら、泣くことは、逝ってしまったものに対する餞だからだ。
「逝ってしまったことが哀しくて、哭かずにはいられないほど、愛いしていた、大事に思っていた」
そんな気持ちを涙に変えて、最後に贈るのだ。
泣いていたら、逝ってしまったものが、心配するという人もいる。もちろん、そういう考え方もある。
でも、自分が残して逝く立場に立ったとき、自分がいなくなることで、心から悲しみ涙を流してくれる人がいるということ以上に、愛されていたと実感することがあるだろうか?
だから、逝ってしまったものへ、心からの愛情とこれまでの感謝を伝えるために、大いに泣いたらいい。泣いてあげたらいい。
泣いて泣いて、気が済むまで泣けたら、その時、あなたは気づくだろう。自分を覆っていた哀しみが落ち着いて、一つの記憶として自分の中に納まっていることに。これは涙の感情の浄化作用によって、哀しみが落ち着くことによる。これを心理学用語ではカタルシスという。
だから、別れの悲しみは、すべて涙に変えてしまったらいい。逝ってしまったもののためにも、あなたのためにも。





