※この歴史編纂はLiberという国を☆、♧、〇の3人で立ち上げてからの軌跡を記したものである。詳しくはLiber用語及び中の人たちを参照。
何も考えない状態ってなったことある?
♧「あのさ、何も考えない状態ってなったことある?」
☆「ない」
♧「俺もない。だから、わかないんだよね。なったことある人にしか分かんない感覚なのかね、あれ」
♧と☆は、話を聴いていると、よく思考を使っている印象がある。二人の会話のテンポが良く、国を創るという発想からVRの世界に人間を移植するなど、多様な方向に話題が展開していくのは、二人の思考量の賜物なのだろう。
ただ、恒常的によく考えている人は、考えの止め方を忘れてしまうことがある。私も以前は考えることが当たり前になりすぎていて、考えることを止められなくなることがある。
そこで、今回は何も考えない状態を作ることはできるかについて、考えてみようと思う。
何も考えない状態は作れるのか
何も考えない状態を思考を働かせない状態と定義するなら、何も考えない状態を作ることは可能である。
方法として一般的に良く用いられるのは瞑想だろう。瞑想とはごくごく簡単にいうと「思いから離れる」ことで自己観察を深めるための手法である。思いとは心に浮かぶ想念である。
瞑想に入った状態とはどんな状態か
瞑想に入った状態とは、極度に集中している状態と考えるとわかりやすいかもしれない。
例えば、子供の頃、好きなテレビゲームに熱中しているとき、周りの音や風景が消えて、テレビゲームのことだけで頭がいっぱいになった経験がないだろうか?
特にシューティングゲームなどの瞬発力を使うゲームでは、ただゲームに反応して手が動き、ゲームが終わると、ゲームをしていた時間がまるでなかったかのように感じられる、あのような感覚である。
一つのことに意識が集中し、「うまくいかなかったらどうしよう」「お腹が空いた」「なんだか熱いな」など、普段は頭の中で繰り広げられている独り言が止まっている状態が、瞑想をしているときの状態に近いと言える(頭の中の独り言について詳しくは『「自分を知る」にはどうしたら良いのか~人生成功秘伝の書29~』の記事を参照)。
瞑想に入った状態は、他には身体が宙に浮く感じがするとか水中にいる感じがするとか、寝る直前の感覚などと表現されることもある。私の場合は身体感覚が消えて外部と意識の境界が無くなるという表現が一番近い。
瞑想に入るには
瞑想に入るには、まずは外的環境と内的環境を整えると良いだろう。
外的な環境を整えるとは、テレビや携帯の電源を切ったり、他人との接触がない場所を用意したり、暑すぎず寒すぎない気温に設定したりと、自分の気が散らない状態を作ることである。
内的環境を整えるとは集中することである。
最も簡単なやり方は呼吸に意識を向けること。
息を吸うときに鼻を通っていく空気の感覚や呼吸が入るときの胸の広がりを感じ、吐くときは同様に空気が自分の身体から出ていくときの身体の感覚を感じる。そうやって呼吸をするときの感覚を丁寧に感じようとしていると、だんだん意識が集中してくる。
意識が集中してきたら、呼吸に向けていた意識を自分自身に向けてみる。自分自身に意識を向けるとは、自分自身を観察することである。
目を閉じて心が静かになってくると、普段は感じてない感覚を感じてくるようになる。例えば胸のあたりが重く感じたり、身体が温かくなったり、瞼の裏に光が見えたり。その湧き上がる様々な感覚をただ感じるままに感じていくのだ。
もちろん、感覚だけではなく、いろいろな思考も浮かんでくる。思考が浮かんできたら、その思考をいったん横に置くという感じで、自分から切り離す。浮かんでくる考えを受け流すという感じでも良い。
コツは「考えないようにしない」ことである。考えない状態を作ろうとすると、考えることを抑圧してしまうことがある。そうすると、却って集中できなくなる。だから、浮かんできた考えを「そうか」と認め、受け流すのだ(抑圧についての詳細は『心を守ろうとする働き「抑圧」~人生成功秘伝の書30~』の記事を参照)。
このように瞑想では感覚を感覚のまま感じるために、思考を自分の横に置く。だから結果として何も考えない状態になる。
以上のことから、何も考えない状態は作れるのか?という最初の疑問に立ち返るなら、何も考えない状態を作ることは可能という答えになる。





