正確さゆえ【DAY59】

※この歴史編纂はLiberという国を☆、♧、〇の3人で立ち上げてからの軌跡を記したものである。詳しくはLiber用語及び中の人たちを参照。

 2021年7月某日、第3回国家戦略会議「ユグドラシル」開催。話題は、本日の本題「既成概念へ」。

♧「そういえばお前(☆)は既成概念で面白いもの思いついた?」

☆「1+1の答えは?」

♧「それは、俺は、既成概念じゃなくて、数学の話になるわ。」

☆「いいよ、なんでも。」

♧「2であって、2じゃないものって言い方はできるけど、それはものによるでしょ。」

☆「(笑)それを説明して。」

♧「数学的に言ったら2だけど、数学的に言わないのであれば、0にもなるし、100にもなるよ。」

☆「君の答えは?」

♧「だから、どっちもだよ。」

☆「俺の答えは2Hだよ。」

♧「2H?Hって何のHだよ?」

☆「ふふ~ん。何だろうね(笑)」

♧「ふふ~ん、じゃねぇよ(笑)何のHだよ(笑)」

☆「君の意見を聞いたときに、悪い意味じゃなくて、低次元だなと思ったわけ。」

♧「うん。」

☆「つまり、ぼくは3次元で捉えてないってこと。」

♧「え?どういうこと?」

☆「(笑)だから、答えが2Hなの。」

♧「2H?」

☆「3次元じゃなかったら?」

♧「H?」

☆「Hは、まぁ、いいよ。それを解明するためには?低次元だと君の答えになる。高次元になると、僕の答えは2H。」

♧「うん。」

☆「じゃあ、高次元って何?」

♧「高次元って何?って(笑)それをむしろ聞きたいわ(笑)」

☆「時間だよ。」

♧「時間のHってこと?」

☆「だから、Hとしか言えない。」

♧「ああ、なるほど。」

☆「3次元で言うと、僕らの認識できる答えは2かもしれないけど。君の言う、0か100でも良いんだけど。」

♧「うん。」

☆「僕には時間っていう概念があるから、2Hになるわけさ。」

♧「そこに時間をかけるのか。」

☆「だから数字で表せないの。」

♧「そうなると、1+1の『1』がそもそも何かって話になっちゃうけどね。」

☆「(笑)」

♧「じゃあさ、何を思い浮かべて、1+1は?って聞いてた?」

☆「何を思い浮かべるか?(笑)リンゴでも、ミカンでもなんでもいいよ(笑)」

♧「その1+1の話は物理の話になるよ。みかんでもリンゴでもいいけど、動かない物体としての1+1の話をしているのか。」

☆「ポイントが違う。」

♧「1+1は2。確かに人間同士だと、1+1は2にならないな。」

☆「何?」

♧「いや、人間の1+1は2にならないでしょ?って話。例えば、俺と☆を足しても2にはならないでしょ?って話。」

☆「1.5くらいだな。」

♧「1.5でも2でも3でも良いんだけど、椅子1個+椅子1個とは話が違うなって。」

☆「(笑)1の捉え方の話か。」

♧「どうしても脳みそが数学になっちゃうからな。」

☆「つまり、それが既成概念だよ。」

♧「1+1が2であるってのが?」

☆「そう。」

♧「それ、固定観念に近くない?」

☆「(笑)そりゃ、いろんな捉え方があるよ。」

♧「でも、既成概念って言い方すると、社会の通説…。社会の通説で1+1は2にならなくない?」

 既成概念の話を聴いていて思った。手前味噌だが「♧、すげぇ。」と(笑)恐らく、一般的な感覚の人だと、会話が続かないだろうな、と。

 その理由は☆の使う言葉にあると思われる。

 ☆の使う言葉は、意味として非常に正確だ。過不足がないと言ったらいいだろうか。ただ、正確ゆえに、聞いた人が不快になることがあるだろうと思う。

 言葉には、辞書的な意味と、使う人の感覚という二面性がある。一般的な日本人の会話では、辞書的な意味と、その周りに付随する感覚的なものを、曖昧にすることで会話を成立させる。多少、言葉の意味が辞書の意味とずれていても、そこを敢えてスルーするのだ。なぜなら、言葉を辞書的な意味に規定すると、相手の言葉に込めた感覚をそぎ落とすことになり、そのことによって、話し手が否定されたと感じることがあるからだ。

 そのため、もし、相手の言葉の意味を規定しようとすると、「私はよくわからないのだが、○○という解釈で、あなたの言っている意味と、合っているいるだろうか?」などのように注釈を入れたり、疑問形の話し方を使うことで、相手の気分に配慮することが多い。

 また、その状況に適切な意味の言葉であっても、その言葉に批判的な感覚を感じる人が多い場合は、多少、ニュアンスがずれたり、回りくどくなったとしても、別の言葉に言い換える場合が多い。例えば、「嫁」という言葉があるが、「嫁」の辞書的な意味は、「息子の妻」という意味である。だから、自身の息子の女性の配偶者を「嫁」と呼んでも、言葉の意味としては適切である。しかし、「嫁」という言葉には封建的で、男尊女卑のニュアンスを感じ、嫌悪を感じる人もいる。そのため、「嫁」という言葉を避けて、「息子の奥さん」など言い換えることも多い。

 ☆の場合は、率直に正確な言葉を選ぶ傾向が強いように思う。だから、苦手な人がいるだろうなと思うのだ。

 もちろん、言葉がコミュニケーションの手段であり、物事を正しく伝えるためには、正しい意味で使う方が良い、というのはその通りである。また、不快になることは、その不快になった人間の選択である、というのもその通りである。

 だから、意味を規定して話しをすることを無粋だという気もなければ、雰囲気で話をすることを浅慮と言う気もない。

 ただ、意味を規定しながら話をすることは、一般的な日本人だと、苦手な人も多いだろう、と思う。

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